生豆(なままめ)は淡い緑色で、そのまま煮出しても私たちの知っているコーヒーの味や香りはしません。全日本コーヒー協会の解説にあるとおり、コーヒーらしい酸味・苦味・甘味・香りは、焙煎の加熱によってはじめて生まれます。
焙煎は「豆を焦がす作業」と思われがちですが、実際には十数分のあいだに、水分の蒸発、糖とアミノ酸の反応、酸の生成と分解、ガスの発生、細胞の膨張といった変化が次々に、そして重なり合って進みます。この章では、焙煎中に豆の中で何が起きているのかを、時間の流れに沿って整理します。焙煎度や焙煎機の違いは次の第11章 焙煎度と焙煎機で扱います。
焙煎で起きることの全体像
焙煎の進み方は、おおまかに次の3つの段階に分けて説明されることが多いです。
- 乾燥段階:豆が温まり、内部の水分が蒸発していく段階。色は緑から黄色へ変わります。
- 褐変(メイラード)段階:糖とアミノ酸の反応が進み、色が茶色く、香ばしい香りが出てくる段階。
- ディベロップメント(発達)段階:1ハゼが起きてから焙煎を終える(煎り止める)までの段階。味の仕上がりを大きく左右します。
焙煎の時間は、家庭用や業務用のドラム式焙煎機では10〜15分前後で組まれることが多く、Scientific Reports に掲載された研究でも16分の焙煎が使われています。ただし時間は機械の方式や投入量によって大きく変わるため、「何分なら正解」という基準はありません。
乾燥段階:水分が抜け、色が黄色くなる
生豆は一般に重さの1割前後の水分を含んでいます。釜に投入された豆は、まず周囲の熱を吸って温度が上がり、内部の水分が水蒸気になって外へ抜けていきます。
この段階で豆の色は緑から黄色っぽく変わり、青臭い香りから、パンや穀物を思わせる香りへと移っていきます。焙煎の現場ではこの色の変化を「イエロー」「イエローイング」と呼び、乾燥段階の終わりの目安にすることがあります。
乾燥がうまく進まないまま次の段階に入ると、豆の芯まで熱が届かず、外側だけが焼けて中が生焼けになることがあります。逆に乾燥に時間をかけすぎると、香りに締まりのない焙煎になりやすいとも言われます。乾燥段階は「どれだけ均一に、芯まで熱を伝えるか」の準備期間と考えるとわかりやすいでしょう。
メイラード反応:色と香ばしさの主役
豆の温度がさらに上がると、メイラード反応が本格的に進みます。メイラード反応は、アミノ酸と還元糖が加熱によって反応し、褐色の色素や多くの香気成分を作る反応です。パンの焼き色やステーキの焦げ目と同じ種類の反応で、全日本コーヒー協会も、コーヒーの香りと味をつくる化学反応の主役としてメイラード反応、ストレッカー分解、カラメル化の3つを挙げています。
メイラード反応の過程で、アミノ酸が分解されてアルデヒドなどの香気成分ができる反応をストレッカー分解と呼びます。ナッツやチョコレート、カラメルを思わせる香りの多くは、この一連の反応から生まれると考えられています。
また、メイラード反応の最終的な産物として、メラノイジンと呼ばれる褐色の高分子成分ができます。メラノイジンはコーヒーの色をつくるだけでなく、口当たりの重さ(ボディ)や苦味にも関わる成分です。
カラメル化と糖の変化
生豆にはショ糖(スクロース)が含まれていますが、焙煎が進むとショ糖は熱で分解され、大きく減っていきます。糖が高温で分解・重合して褐色になり、甘く香ばしい香りが生じる反応がカラメル化です。
America’s Test Kitchen の解説によると、焙煎中に熟した豆に多く含まれる糖が分解される一方で、別の糖も作られます。ここで注意したいのは、焙煎したコーヒーの「甘さ」は、液体に残っている砂糖の量だけで決まるわけではないという点です。カラメルやバニラ、ナッツのような「甘さを連想させる香り」が、私たちが感じる甘さの印象に大きく関わっています。この点は第20章 風味の化学成分で詳しく扱います。
酸の生成と分解
焙煎による酸味の変化は単純ではありません。2024年に Scientific Reports に掲載された研究では、焙煎中の滴定酸度(液体に含まれる酸の総量の指標)を追跡し、次のことを報告しています。
- 滴定酸度は焙煎が進むにつれて上がり、1ハゼの時点で最も高くなる
- その後は下がり、2ハゼのころには元の水準まで戻る
- 焙煎のプロファイル(温度の上げ方)を変えると最大になる時刻は変わるが、どの条件でも最大値は1ハゼと同じタイミングで現れた
研究では、前半の増加は炭水化物からギ酸や酢酸ができることによるもの、後半の減少はクエン酸やリンゴ酸などの有機酸が分解されることによるもの、という先行研究の説明を紹介しています。浅煎りのコーヒーに酸味が強く、深煎りでは酸味が弱くなるという一般的な傾向は、この「1ハゼ前後をピークにした山型の変化」から理解できます。
1ハゼと2ハゼ
焙煎中に聞こえる「パチパチ」という音がハゼです。
1ハゼは、豆の中にたまった水蒸気や炭酸ガスの圧力に細胞壁が耐えられなくなり、豆が割れて膨らむときの音です。America’s Test Kitchen の解説では、豆の温度がおよそ196〜199℃に達したころに起きるとされています。1ハゼを境に豆は膨らみ、密度が下がって、もろく、多孔質になります。
2ハゼは、さらに焙煎が進んだときに起きる、より細かく乾いた「ピチピチ」という音です。豆の組織がさらに壊れ、内部の油分が表面ににじみ出てくるのもこのころからです。焙煎度の呼び名は、このハゼのタイミングと対応づけて説明されることが多く、2ハゼが始まるあたりから深煎りの領域に入ります。
ディベロップメントタイムと ROR
1ハゼが始まってから焙煎を終えるまでの時間をディベロップメントタイムと呼びます。焙煎全体の時間に占めるこの時間の割合(DTR: Development Time Ratio)は、焙煎の仕上がりを考える指標のひとつとして使われています。
焙煎コンサルタントの Scott Rao は、自身が味見した多数の焙煎のうち評価の高かったものの多くで、DTR が 20〜25% の範囲にあったと述べています。ただし Rao 自身も例外があることを認めており、浅煎りを好む場合はより短く、深煎りではより長くなることもあります。DTR は「これを守れば良くなる」という規則ではなく、焙煎を振り返るときの物差しと捉えるのが適切です。
もうひとつの重要な指標が ROR(Rate of Rise:温度上昇率)です。1分あたりに豆の温度が何度上がっているかを表し、焙煎中のグラフでは豆温度の曲線と並べて表示されます。多くの焙煎者は、焙煎の後半にかけて ROR がなだらかに下がっていく形を目標にしています。ROR が急に下がったり、逆に急に上がったりすると、味が平坦になる、焦げっぽくなるといった問題につながると考えられています。
焙煎で減る成分・増える成分
焙煎によって、生豆に含まれていた成分の量は大きく変わります。代表的なものを整理します。
| 成分 | 焙煎による変化 | 味・香りへの関わり |
|---|---|---|
| 水分 | 大きく減る | 熱の伝わり方に影響 |
| ショ糖 | 大きく減る | カラメル化・メイラード反応の材料 |
| クロロゲン酸類 | 焙煎が深いほど減る | 分解物が苦味・渋みに関わる |
| トリゴネリン | 分解して減る | 香気成分やニコチン酸を生じる |
| カフェイン | ほとんど変わらない | 苦味の一部 |
| 有機酸 | 1ハゼ前後で増え、その後減る | 酸味 |
| メラノイジン | 増える | 色・ボディ・苦味 |
| 香気成分 | 大きく増える | 香り全般 |
クロロゲン酸は生豆に多く含まれるポリフェノールの一群です。全日本コーヒー協会が紹介している研究では、焙煎度が深くなるほどクロロゲン酸類の含有量は低くなる一方で、ポリフェノールの総量はあまり変わらなかったと報告されています。クロロゲン酸類が、ポリフェノールとしての性質を持つ別の物質に変化した可能性が考えられています。
カフェインは熱に比較的強く、焙煎ではほとんど減らないことが知られています。コーヒーの苦味はカフェインだけで説明できるわけではなく、クロロゲン酸の分解物やメラノイジンなど、焙煎で生まれる成分も大きく関わっています。
重さと見た目の変化
焙煎では水分や揮発性の成分が抜けるため、豆の重さが減ります。America’s Test Kitchen の解説では、焙煎によって元の重さの 10〜20% が失われるとされています。焙煎が深いほど、重さの減り方も大きくなります。
一方で、豆の体積は1ハゼのころに大きく膨らみます。重さが減って体積が増えるので、焙煎した豆は生豆よりずっと軽く、もろくなります。深煎りの豆が手で割れるほど脆いのはこのためです。
また、焙煎中には生豆の表面を覆っている薄皮(シルバースキン)が剥がれ落ちます。これをチャフと呼びます。チャフは燃えやすいため、焙煎機では集めて取り除く仕組みが必要です。
焙煎後の変化:ガスと香りの抜け
焙煎を終えた豆は、素早く冷却されます。冷却が遅れると余熱で焙煎が進みすぎるため、業務用の焙煎機には撹拌しながら風を通す冷却槽がついています。
冷却したあとも、豆の中では変化が続きます。焙煎中にできた炭酸ガスは数日から数週間かけて少しずつ放出され(デガス)、香気成分も徐々に抜けていきます。焙煎直後の豆はガスが多く、ドリップでは粉が大きく膨らみ、抽出が安定しにくいことがあります。焙煎後の鮮度の考え方と保存方法は第22章 保存と鮮度で詳しく扱います。
まとめ
- 焙煎は、乾燥 → 褐変(メイラード反応)→ ディベロップメントの順に進む、連続した化学変化の過程です
- 香ばしさや色の主役はメイラード反応で、ストレッカー分解やカラメル化と重なり合って香りが生まれます
- 酸の量は1ハゼのころに最も多くなり、その後減っていくと報告されています
- 1ハゼは豆内部の水蒸気とガスの圧力による破裂で、焙煎度の目安になります
- DTR や ROR は焙煎を振り返るための物差しで、絶対的な正解ではありません
- クロロゲン酸類やショ糖は焙煎で減り、カフェインはほとんど変わりません
関連する章とツール
出典・参考文献
- 焙煎・配合・粉砕(全日本コーヒー協会)
- コーヒー中のクロロゲン酸類とポリフェノールについて(全日本コーヒー協会)
- The effect of roast profiles on the dynamics of titratable acidity during coffee roasting(Scientific Reports, 2024)(Anokye-Bempah ほか)
- The Science of Coffee Roasting(America's Test Kitchen)
- Development Time Ratio(Scott Rao)