本文へ移動

第V部 味わい / 第20章

風味の化学成分

有機酸、糖、カフェイン、クロロゲン酸、香気成分など、味と香りをつくる成分を整理します。

更新日 2026-10-02

コーヒーの「味」と呼んでいるものは、舌で感じる味(酸味・甘味・苦味・塩味・うま味)と、鼻で感じる香りが重なったものです。鼻をつまんでコーヒーを飲むと、苦味と酸味は感じても、「コーヒーらしさ」の多くが消えてしまうことに気づくでしょう。

この章では、コーヒーの味と香りをつくっている主な化学成分を、酸、甘さ、苦味、香り、口当たりの順に整理します。成分の多くは焙煎中に生まれたり、変化したりします。焙煎の過程は第10章 焙煎の科学、抽出で成分がどう溶け出すかは第12章 抽出理論も参照してください。

味と香りの違い

味と香りは、感じる場所も、関わる成分の性質も違います。

  • 味(呈味成分):水に溶けて舌で感じる成分です。酸、糖、カフェインなどがあたります
  • 香り(揮発性成分):空気中に気化して鼻で感じる成分です。飲み込んだあと、口の奥から鼻に抜ける香り(レトロネーザル)も、味の印象に大きく関わります

Compound Interest の解説によると、コーヒー豆からはこれまでに千種類を超える化学物質が見つかっていますが、香りに大きく影響しているのはそのうちの比較的少数の成分です。

酸:明るさと果実味

コーヒーの酸味は、有機酸と呼ばれる複数の酸が組み合わさってできています。代表的な酸には、クエン酸、リンゴ酸、酢酸、ギ酸、キナ酸などがあります。

成分分類感覚的な特徴由来・焙煎での変化出典
クエン酸
Citric acid
有機酸・酸柑橘のような、すっきりした酸味。生豆に含まれ、焙煎が進むと分解されて減るとされます。出典
リンゴ酸
Malic acid
有機酸・酸りんごのような、丸みのある酸味。生豆に含まれ、焙煎が進むと分解されて減るとされます。出典
酢酸
Acetic acid
有機酸・酸お酢のような鋭い酸味。少量なら明るさ、多いと刺激として感じられます。焙煎の前半に炭水化物から生じ、1ハゼ前後に多くなるとされます。出典
ギ酸
Formic acid
有機酸・酸鋭い酸味。焙煎中に炭水化物から生じるとされます。出典
キナ酸
Quinic acid
有機酸・酸適量では明るさに寄与し、多いと酸っぱさと渋みとして感じられます。クロロゲン酸の構成成分で、焙煎や保存中のクロロゲン酸の分解で増えるとされます。出典

焙煎中の酸の変化は、第10章で紹介した研究のとおり、1ハゼの前後で全体量が最も多くなり、その後減っていきます。研究では、焙煎の前半に炭水化物からギ酸や酢酸が生まれ、後半にクエン酸やリンゴ酸が分解されることが、この変化の理由として紹介されています。

酸の種類によって、感じる酸味の質が違うことも大切です。クエン酸は柑橘のような、リンゴ酸はりんごのような、酢酸はお酢のような印象を与えます。同じ「酸っぱさ」でも、どの酸がどれだけあるかで、果実味のある明るい酸にも、刺激の強い酸にもなります。

甘さ:砂糖だけでは説明できない

生豆にはショ糖(砂糖と同じ成分)が含まれていますが、焙煎で大部分が分解されます。焙煎後のコーヒーに残る糖はわずかで、それだけではコーヒーを「甘い」と感じる理由を説明できません。

コーヒーの甘さの印象には、香りが大きく関わっていると考えられています。カラメルのような香りのフラネオールやマルトール、甘い香りの 2,3-ブタンジオン、花のような甘い香りのリナロールなど、「甘さを連想させる香り」が、私たちの感じる甘さを支えています。

成分分類感覚的な特徴由来・焙煎での変化出典
ショ糖
Sucrose
糖砂糖の甘さ。ただし焙煎後のコーヒーでは甘さの主役ではありません。生豆に含まれる主な糖で、焙煎で分解され大きく減ります。カラメル化やメイラード反応の材料になります。出典

苦味:カフェインは主役ではない

コーヒーの苦味というとカフェインを思い浮かべる人が多いかもしれません。しかし、2007年にアメリカ化学会の学会で発表された研究によると、コーヒーの苦味のうちカフェインによるものは 15% 程度にすぎません。

研究を率いたミュンヘン工科大学の Thomas Hofmann らは、苦味の主な源として次の2つを挙げています。

  • クロロゲン酸ラクトン:浅煎りから中煎りのコーヒーの苦味の主な源
  • フェニルインダン類:クロロゲン酸ラクトンがさらに分解されてできる成分で、深煎りやエスプレッソの苦味に関わる。後を引く、強い苦味をもつ

興味深いことに、これらの元になるクロロゲン酸そのものは苦くありません。焙煎によってクロロゲン酸が苦味成分に変わり、さらに焙煎が進むと、より強い苦味の成分に変わっていくのです。深煎りのコーヒーが苦いのは、カフェインが多いからではなく、焙煎でできた苦味成分のためと考えられます。

成分分類感覚的な特徴由来・焙煎での変化出典
クロロゲン酸類
Chlorogenic acids
フェノール類それ自体は苦くないとされます。渋みや酸味の質に関わります。生豆に多く含まれるポリフェノール。焙煎が深いほど減り、別の成分に変わります。出典
クロロゲン酸ラクトン
Chlorogenic acid lactones
フェノール類苦味。浅煎り〜中煎りのコーヒーの苦味の主な源とされます。焙煎中にクロロゲン酸から生じます。出典
フェニルインダン類
Phenylindanes
フェノール類後を引く、強い苦味。深煎りやエスプレッソの苦味に関わります。焙煎が進むと、クロロゲン酸ラクトンがさらに分解されて生じます。出典
成分分類感覚的な特徴由来・焙煎での変化出典
カフェイン
Caffeine
アルカロイド苦味。コーヒーの苦味全体のうち 15% 程度とする研究があります。熱に強く、焙煎ではほとんど減りません。出典
トリゴネリン
Trigonelline
アルカロイド弱い苦味。生豆に含まれ、焙煎で分解されて減ります。深煎りほど減り、ニコチン酸などに変わります。出典

カフェインは熱に強く、焙煎ではほとんど減りません。一方、トリゴネリンは焙煎で分解され、ナイアシン(ビタミン B3)の一種であるニコチン酸などに変わります。

香り:数は多いが主役は少ない

コーヒーの香りは、焙煎で生まれる多くの揮発性成分によってつくられています。代表的なものを分類すると次のようになります。

分類 香りの例 主な生まれ方
硫黄を含む成分(チオール類) ローストしたコーヒーそのもの 焙煎中の反応
ピラジン類 香ばしい、ナッツ、土のよう メイラード反応
フラン類 カラメルのよう 糖の熱分解、メイラード反応
フェノール類 スモーキー、スパイシー 焙煎中の分解
ジケトン類 甘い、バターのよう 焙煎中の反応
テルペン類 花のよう 生豆由来

とくに重要とされるのが、2-フルフリルチオールです。「ローストしたコーヒー」と表現される香りで、硫黄を含む成分はごく微量でも強く香るため、量は少なくてもコーヒーらしさに大きく貢献しています。

一方で、単独で嗅ぐと不快なにおいの成分も、微量であればコーヒーの香りの複雑さに貢献しています。たとえばメタンチオールは単独では腐ったキャベツのようなにおいですが、コーヒーの香りの一部になっています。

焙煎度によって香りの構成は変わります。2024 年に発表された研究では、中煎りのコーヒーで甘い香り、炒ったヘーゼルナッツ、カラメルのような好ましい香りが見られ、深煎りでは焦げたような好ましくない香りが目立ったと報告されています。

成分分類感覚的な特徴由来・焙煎での変化出典
2-フルフリルチオール
2-Furfurylthiol
香気成分「ローストしたコーヒー」そのもののような香り。焙煎中に生じる硫黄を含む香気成分。ごく微量でも強く香ります。出典
メタンチオール
Methanethiol
香気成分単独では腐ったキャベツのようなにおい。微量で香りの複雑さに関わります。焙煎中に生じる硫黄を含む香気成分です。出典
3-メルカプト-3-メチルブチルホルメート
3-Mercapto-3-methylbutyl formate
香気成分単独では猫の尿のようなにおいと表現される成分。微量でコーヒーらしさに関わります。焙煎中に生じる硫黄を含む香気成分です。出典
グアイアコール
Guaiacol
香気成分スモーキーでスパイシーな香り。焙煎中に生じるフェノール類の香気成分です。出典
2,3-ブタンジオン
2,3-Butanedione
香気成分甘く焦げたような香り。バターのような香りとも表現されます。焙煎中に生じ、浅煎りから深煎りまで確認されています。出典
2,3-ペンタンジオン
2,3-Pentanedione
香気成分甘い香り。焙煎中に生じます。中煎りで確認されたという報告があります。出典
フラネオール
Furaneol(4-Hydroxy-2,5-dimethyl-3(2H)-furanone)
香気成分カラメルのような甘い香り。糖の熱分解やメイラード反応で生じます。出典
マルトール
Maltol
香気成分カラメルのような甘い香り。焙煎中に糖から生じます。出典
リナロール
Linalool
香気成分甘く花のような香り。生豆にも含まれ、焙煎後も残ります。出典
2,5-ジメチルピラジン
2,5-Dimethylpyrazine
香気成分ローストしたコーヒーのような香ばしい香り。メイラード反応で生じるピラジン類の一つです。出典
2-エチル-6-メチルピラジン
2-Ethyl-6-methylpyrazine
香気成分炒ったヘーゼルナッツのような香り。メイラード反応で生じるピラジン類の一つです。出典

口当たり:油分とメラノイジン

コーヒーの口当たりの重さ(ボディ)には、水に溶けにくい成分も関わっています。

  • 油分(脂質):コーヒーの油分には、カフェストールやカーウェオールといったジテルペンが含まれます。ペーパーフィルターは油分をよく止めるため、ドリップコーヒーにはほとんど残りませんが、フレンチプレスやトルココーヒーには多く残ります
  • メラノイジン:メイラード反応でできる褐色の高分子成分で、色やボディ、苦味に関わります
  • 微粉:金属フィルターなどで液体に入る細かい粉も、ざらつきや重さの印象を加えます
成分分類感覚的な特徴由来・焙煎での変化出典
カフェストール
Cafestol
脂質味への影響は小さいとされます。コーヒーの油分に含まれるジテルペン。ペーパーフィルターでほとんど取り除かれ、フレンチプレスやトルココーヒーには多く残ります。出典
カーウェオール
Kahweol
脂質味への影響は小さいとされます。カフェストールと同じくコーヒーの油分に含まれるジテルペンです。出典
成分分類感覚的な特徴由来・焙煎での変化出典
メラノイジン
Melanoidins
メラノイジン色、ボディ(口当たりの重さ)、苦味に関わります。メイラード反応で糖とアミノ酸から生じる褐色の高分子成分です。出典

抽出の順番との関係

成分ごとの溶けやすさの違いは、抽出のしかたによって味が変わる理由にもなります。酸やカフェインのように水に溶けやすい成分は抽出の早い段階で溶け出し、苦味に関わる溶けにくい成分は、時間をかけたり、湯を多く使ったりすると引き出されやすくなります。抽出曲線ビジュアライザでは、この傾向を概念図で確かめられます。

まとめ

  • コーヒーの「味」は、舌で感じる味と鼻で感じる香りの組み合わせです
  • 酸味は複数の有機酸の組み合わせで、焙煎の進み方によって種類と量が変わります
  • 甘さの印象は、残った糖よりも、カラメルやバターのような香りに支えられています
  • 苦味のうちカフェインによるものは 15% 程度で、主役はクロロゲン酸から生まれる成分です
  • 香りの主役は少数の成分で、2-フルフリルチオールなどがコーヒーらしさを担っています
  • 油分とメラノイジンは口当たりの重さに関わり、フィルターの種類で残り方が変わります

関連する章とツール

出典・参考文献

  1. Battling bitter coffee -- chemists vs. main source of coffee bitterness(EurekAlert!(American Chemical Society))
  2. The Chemical Compounds Behind the Aroma of Coffee(Compound Interest)
  3. Effect of Roasting Level on the Development of Key Aroma-Active Compounds in Coffee(Molecules, 2024)(Obando, Figueroa)
  4. The effect of roast profiles on the dynamics of titratable acidity during coffee roasting(Scientific Reports, 2024)(Anokye-Bempah ほか)
  5. コーヒー中のクロロゲン酸類とポリフェノールについて(全日本コーヒー協会)
  6. Cafestol(Wikipedia)