コーヒーを淹れるという作業は、化学の言葉で言えば「粉に含まれる成分を、水に溶かし出すこと」です。同じ豆でも、挽き目や湯温、時間、湯の量を変えると、溶け出す成分の量と種類が変わり、味が変わります。
抽出理論は、この「どれだけ溶け出したか」を数値でとらえ、味と結びつけて考えるための枠組みです。レシピ通りに淹れたのに味が違う、酸っぱい、苦いといったときに、どこを直せばよいかを考える手がかりになります。この章では、抽出を測る2つの数値、それを組み合わせた図、そして味が引き出される順番について整理します。
抽出とは何か
焙煎した豆の重さのうち、水に溶ける成分はおよそ3割前後とされています。残りは主に植物の細胞壁などの、水に溶けない部分です。抽出では、この溶ける成分のうちどれだけを、どんな順番で、どんな割合で取り出すかが味を決めます。
挽いた粉に湯が触れると、粒の表面にある成分はすぐに溶け出し、粒の内部の成分は、湯が内部に染み込み、溶けた成分が外へ拡散してくることで少しずつ出てきます。粒が細かいほど表面積が大きく、内部から外までの距離も短いため、抽出は速く進みます。挽き目が抽出の速さを大きく左右するのはこのためです。
2つの数値:TDS と収率
抽出を数値で表すとき、次の2つを使います。
TDS(Total Dissolved Solids) は、できあがったコーヒーに溶けている固形分の濃度です。「濃さ」を表し、コーヒー用の屈折計で測るのが一般的です。ドリップコーヒーでは 1% 台前半の値になることが多く、エスプレッソではその数倍になります。
収率(Extraction Yield / PE) は、使った粉の重さのうち、何パーセントが抽出液に溶け出したかを表します。「どれだけ引き出したか」を表す数値です。
収率は次の式で計算します。
収率(%)= TDS(%)× 抽出液の重さ(g)÷ 粉の重さ(g)
たとえば、粉 15 g で抽出液が 225 g でき、TDS が 1.30% だった場合、収率は 1.30 × 225 ÷ 15 = 約 19.5% になります。
この2つの数値は似ているようで、意味がまったく違います。TDS は「お湯で薄めれば下がる」数値ですが、収率は「粉からどれだけ取り出したか」なので、あとから薄めても変わりません。濃すぎるコーヒーに湯を足すと TDS は下がりますが、未抽出や過抽出の味は直りません。
ブリューイングコントロールチャート
TDS と収率を縦横の軸にとり、好ましい範囲を示した図がブリューイングコントロールチャートです。SCA の解説によると、この図のもとになったのは、1957年に米国の Coffee Brewing Institute の Ernest Earl Lockhart がまとめた研究です。Lockhart は、TDS と収率を測ることでコーヒーの品質を推定できると提案しました。
SCA のゴールデンカップ基準として紹介される値は、おおむね次のとおりです。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| TDS | 1.15〜1.35% |
| 収率 | 18〜22% |
| 粉と水の比率 | 水 1 L あたり粉 55 g(±10%)前後 |
| 湯温 | 93℃ ±3℃ 前後 |
新しいチャートの研究
2023年、カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)のコーヒーセンターの研究チームが、Lockhart のチャートを現代の官能評価の手法で見直した研究を発表しました。SCA の記事によると、訓練されたパネリストが30項目の風味を評価し、5万8千件を超える評価データを集めています。
この研究からは、従来の常識と違う結果もいくつか出ています。
- 甘味は TDS と収率がどちらも低いときに最も強く感じられた。収率を上げれば甘くなる、という単純な関係ではなかった
- 苦味は TDS と収率がどちらも高いときに強くなった
- ベリーや柑橘のような風味は、TDS が高く収率が低い条件で現れた
- 消費者の好みは一つにまとまらず、薄めで中程度の抽出を好むグループと、より高い収率を好むグループに分かれた
同じ研究チームは、TDS と収率を同じにそろえた場合、湯温の違いはドリップコーヒーの官能特性にほとんど影響しなかった、という結果も報告しています。湯温は「味を直接変える」というより、「抽出の進み方を変えて、結果として TDS と収率を変える」要素として考えるのがよさそうです。
これらの研究は、ブリューイングコントロールチャートを否定するものではなく、「推奨範囲は一つの目安で、狙う味によって目標の場所は変わる」ということを示しています。
抽出の進み方を決める要素
抽出の速さと量は、主に次の要素で変わります。
| 要素 | 変えると | 抽出への影響 |
|---|---|---|
| 挽き目 | 細かくする | 表面積が増え、抽出が速く進む |
| 湯温 | 上げる | 成分が溶けやすくなり、抽出が進む |
| 時間 | 長くする | 抽出が進む |
| 撹拌 | 増やす | 粉と湯の接触が増え、抽出が進む |
| 比率 | 湯を増やす | 収率は上がりやすく、TDS は下がる |
これらはお互いに影響し合います。たとえばハンドドリップでは、挽き目を細かくすると湯が落ちる速さが遅くなり、時間も長くなります。一度に一つの要素だけを変えて味を比べると、何が効いたのかがわかりやすくなります。
味が引き出される順番
抽出の説明でよく使われるのが、「酸味 → 甘味 → 苦味 → 雑味・渋み」の順に引き出される、というモデルです。抽出曲線ビジュアライザはこのモデルを図にしたものです。
このモデルの背景には、成分ごとの溶けやすさの違いがあります。Fuller と Rao の研究(2017年)は、先行研究を引きながら、熱い湯での抽出ではカフェインや糖、有機酸のような溶けやすい成分は最初のうちに溶け出し、クロロゲン酸ラクトンなどの苦味に関わる溶けにくい成分は、長い接触時間や多くの湯を使って初めて引き出される、と説明しています。
一方で、前の節で紹介したとおり、UC Davis の研究では甘味は TDS と収率が低い条件で強く感じられました。つまり「甘味は抽出の中盤に出てくる」という説明は、感覚の印象としてはわかりやすいものの、実際の官能評価の結果とは必ずしも一致しません。
このサイトでは、酸味→甘味→苦味→雑味という順番を、溶けやすい成分ほど先に出て、溶けにくく苦味や渋みに関わる成分ほど後から出る、という傾向を覚えるための簡略化したモデルとして扱います。実際の味はこれらの成分の量のバランスと、香りの印象が重なって決まります。
未抽出と過抽出の見分け方
抽出の状態は、TDS と収率を測らなくても、味からある程度推測できます。
ただし「酸っぱい=未抽出」とは限りません。浅煎りの豆はもともと酸がはっきりしているため、十分に抽出しても酸味が主役になります。豆の焙煎度を踏まえて判断することが大切です。
味から調整する手順
味の問題を直すときは、次の順番で考えると迷いにくくなります。
- 濃さ(TDS)を確認する:薄い、または濃すぎると感じたら、まず粉と湯の比率を見直します
- 引き出し具合(収率)を確認する:酸っぱさや薄さが気になれば挽き目を細かく、苦味や渋みが気になれば粗くします
- 一度に一つだけ変える:挽き目と湯温を同時に変えると、どちらが効いたのかわからなくなります
- 記録を残す:豆、量、挽き目、湯温、時間、味の印象をメモしておくと、次の調整が速くなります
レシピ計算機を使うと、比率を保ったまま量を変えたり、注湯のタイミングをそろえたりできます。
まとめ
- 抽出は「粉の中の溶ける成分を湯に移す」作業で、挽き目・湯温・時間・撹拌・比率で進み方が変わります
- TDS は濃さ、収率は引き出し具合を表し、薄めても収率は変わりません
- ブリューイングコントロールチャートの推奨範囲は目安で、好みによって目標は変わることが研究で示されています
- 「酸味→甘味→苦味→雑味」の順番は、溶けやすさの違いを覚えるための簡略化したモデルです
- 調整は一度に一つずつ、記録しながら進めます
関連する章とツール
出典・参考文献
- Towards a New Brewing Chart(Specialty Coffee Association)
- Coffee Decoded: The Science of “Dialing-In”(Specialty Coffee Association)
- A new Coffee Brewing Control Chart relating sensory properties and consumer liking to brew strength, extraction yield, and brew ratio(Journal of Food Science, 2023)(Frost, Batali, Guinard, Ristenpart ほか)
- Brew temperature, at fixed brew strength and extraction, has little impact on the sensory profile of drip brew coffee(Batali ほか(UC Davis))
- The Effect of Time, Roasting Temperature, and Grind Size on Caffeine and Chlorogenic Acid Concentrations in Cold Brew Coffee(Scientific Reports, 2017)(Fuller, Rao)
- The Golden Cup Standard(Roastopedia)