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第IV部 抽出 / 第12章

抽出理論

TDS と収率、ブリューイングコントロールチャート、酸味・甘味・苦味・雑味が引き出される順番を整理します。

更新日 2026-10-02

コーヒーを淹れるという作業は、化学の言葉で言えば「粉に含まれる成分を、水に溶かし出すこと」です。同じ豆でも、挽き目や湯温、時間、湯の量を変えると、溶け出す成分の量と種類が変わり、味が変わります。

抽出理論は、この「どれだけ溶け出したか」を数値でとらえ、味と結びつけて考えるための枠組みです。レシピ通りに淹れたのに味が違う、酸っぱい、苦いといったときに、どこを直せばよいかを考える手がかりになります。この章では、抽出を測る2つの数値、それを組み合わせた図、そして味が引き出される順番について整理します。

抽出とは何か

焙煎した豆の重さのうち、水に溶ける成分はおよそ3割前後とされています。残りは主に植物の細胞壁などの、水に溶けない部分です。抽出では、この溶ける成分のうちどれだけを、どんな順番で、どんな割合で取り出すかが味を決めます。

挽いた粉に湯が触れると、粒の表面にある成分はすぐに溶け出し、粒の内部の成分は、湯が内部に染み込み、溶けた成分が外へ拡散してくることで少しずつ出てきます。粒が細かいほど表面積が大きく、内部から外までの距離も短いため、抽出は速く進みます。挽き目が抽出の速さを大きく左右するのはこのためです。

2つの数値:TDS と収率

抽出を数値で表すとき、次の2つを使います。

TDS(Total Dissolved Solids) は、できあがったコーヒーに溶けている固形分の濃度です。「濃さ」を表し、コーヒー用の屈折計で測るのが一般的です。ドリップコーヒーでは 1% 台前半の値になることが多く、エスプレッソではその数倍になります。

収率(Extraction Yield / PE) は、使った粉の重さのうち、何パーセントが抽出液に溶け出したかを表します。「どれだけ引き出したか」を表す数値です。

収率は次の式で計算します。

収率(%)= TDS(%)× 抽出液の重さ(g)÷ 粉の重さ(g)

たとえば、粉 15 g で抽出液が 225 g でき、TDS が 1.30% だった場合、収率は 1.30 × 225 ÷ 15 = 約 19.5% になります。

この2つの数値は似ているようで、意味がまったく違います。TDS は「お湯で薄めれば下がる」数値ですが、収率は「粉からどれだけ取り出したか」なので、あとから薄めても変わりません。濃すぎるコーヒーに湯を足すと TDS は下がりますが、未抽出や過抽出の味は直りません。

ブリューイングコントロールチャート

TDS と収率を縦横の軸にとり、好ましい範囲を示した図がブリューイングコントロールチャートです。SCA の解説によると、この図のもとになったのは、1957年に米国の Coffee Brewing Institute の Ernest Earl Lockhart がまとめた研究です。Lockhart は、TDS と収率を測ることでコーヒーの品質を推定できると提案しました。

推奨範囲収率 18〜22%TDS 1.15〜1.35%収率(%)→ 引き出し具合TDS(%)↑ 濃さ未抽出・薄い未抽出・濃い過抽出・薄い過抽出・濃い18221.151.35
ブリューイングコントロールチャートの概念図。中央の範囲は SCA のゴールデンカップ基準として紹介される値です。

SCA のゴールデンカップ基準として紹介される値は、おおむね次のとおりです。

項目 目安
TDS 1.15〜1.35%
収率 18〜22%
粉と水の比率 水 1 L あたり粉 55 g(±10%)前後
湯温 93℃ ±3℃ 前後

新しいチャートの研究

2023年、カリフォルニア大学デービス校(UC Davis)のコーヒーセンターの研究チームが、Lockhart のチャートを現代の官能評価の手法で見直した研究を発表しました。SCA の記事によると、訓練されたパネリストが30項目の風味を評価し、5万8千件を超える評価データを集めています。

この研究からは、従来の常識と違う結果もいくつか出ています。

  • 甘味は TDS と収率がどちらも低いときに最も強く感じられた。収率を上げれば甘くなる、という単純な関係ではなかった
  • 苦味は TDS と収率がどちらも高いときに強くなった
  • ベリーや柑橘のような風味は、TDS が高く収率が低い条件で現れた
  • 消費者の好みは一つにまとまらず、薄めで中程度の抽出を好むグループと、より高い収率を好むグループに分かれた

同じ研究チームは、TDS と収率を同じにそろえた場合、湯温の違いはドリップコーヒーの官能特性にほとんど影響しなかった、という結果も報告しています。湯温は「味を直接変える」というより、「抽出の進み方を変えて、結果として TDS と収率を変える」要素として考えるのがよさそうです。

これらの研究は、ブリューイングコントロールチャートを否定するものではなく、「推奨範囲は一つの目安で、狙う味によって目標の場所は変わる」ということを示しています。

抽出の進み方を決める要素

抽出の速さと量は、主に次の要素で変わります。

要素 変えると 抽出への影響
挽き目 細かくする 表面積が増え、抽出が速く進む
湯温 上げる 成分が溶けやすくなり、抽出が進む
時間 長くする 抽出が進む
撹拌 増やす 粉と湯の接触が増え、抽出が進む
比率 湯を増やす 収率は上がりやすく、TDS は下がる

これらはお互いに影響し合います。たとえばハンドドリップでは、挽き目を細かくすると湯が落ちる速さが遅くなり、時間も長くなります。一度に一つの要素だけを変えて味を比べると、何が効いたのかがわかりやすくなります。

味が引き出される順番

抽出の説明でよく使われるのが、「酸味 → 甘味 → 苦味 → 雑味・渋み」の順に引き出される、というモデルです。抽出曲線ビジュアライザはこのモデルを図にしたものです。

このモデルの背景には、成分ごとの溶けやすさの違いがあります。Fuller と Rao の研究(2017年)は、先行研究を引きながら、熱い湯での抽出ではカフェインや糖、有機酸のような溶けやすい成分は最初のうちに溶け出し、クロロゲン酸ラクトンなどの苦味に関わる溶けにくい成分は、長い接触時間や多くの湯を使って初めて引き出される、と説明しています。

一方で、前の節で紹介したとおり、UC Davis の研究では甘味は TDS と収率が低い条件で強く感じられました。つまり「甘味は抽出の中盤に出てくる」という説明は、感覚の印象としてはわかりやすいものの、実際の官能評価の結果とは必ずしも一致しません。

このサイトでは、酸味→甘味→苦味→雑味という順番を、溶けやすい成分ほど先に出て、溶けにくく苦味や渋みに関わる成分ほど後から出る、という傾向を覚えるための簡略化したモデルとして扱います。実際の味はこれらの成分の量のバランスと、香りの印象が重なって決まります。

未抽出と過抽出の見分け方

抽出の状態は、TDS と収率を測らなくても、味からある程度推測できます。

  • 未抽出:酸っぱさが尖って感じられる、味が薄くて余韻が短い、塩気を感じる
  • 過抽出:苦味が強い、舌が乾くような渋みがある、後味がざらつく

ただし「酸っぱい=未抽出」とは限りません。浅煎りの豆はもともと酸がはっきりしているため、十分に抽出しても酸味が主役になります。豆の焙煎度を踏まえて判断することが大切です。

味から調整する手順

味の問題を直すときは、次の順番で考えると迷いにくくなります。

  1. 濃さ(TDS)を確認する:薄い、または濃すぎると感じたら、まず粉と湯の比率を見直します
  2. 引き出し具合(収率)を確認する:酸っぱさや薄さが気になれば挽き目を細かく、苦味や渋みが気になれば粗くします
  3. 一度に一つだけ変える:挽き目と湯温を同時に変えると、どちらが効いたのかわからなくなります
  4. 記録を残す:豆、量、挽き目、湯温、時間、味の印象をメモしておくと、次の調整が速くなります

レシピ計算機を使うと、比率を保ったまま量を変えたり、注湯のタイミングをそろえたりできます。

まとめ

  • 抽出は「粉の中の溶ける成分を湯に移す」作業で、挽き目・湯温・時間・撹拌・比率で進み方が変わります
  • TDS は濃さ、収率は引き出し具合を表し、薄めても収率は変わりません
  • ブリューイングコントロールチャートの推奨範囲は目安で、好みによって目標は変わることが研究で示されています
  • 「酸味→甘味→苦味→雑味」の順番は、溶けやすさの違いを覚えるための簡略化したモデルです
  • 調整は一度に一つずつ、記録しながら進めます

関連する章とツール

出典・参考文献

  1. Towards a New Brewing Chart(Specialty Coffee Association)
  2. Coffee Decoded: The Science of “Dialing-In”(Specialty Coffee Association)
  3. A new Coffee Brewing Control Chart relating sensory properties and consumer liking to brew strength, extraction yield, and brew ratio(Journal of Food Science, 2023)(Frost, Batali, Guinard, Ristenpart ほか)
  4. Brew temperature, at fixed brew strength and extraction, has little impact on the sensory profile of drip brew coffee(Batali ほか(UC Davis))
  5. The Effect of Time, Roasting Temperature, and Grind Size on Caffeine and Chlorogenic Acid Concentrations in Cold Brew Coffee(Scientific Reports, 2017)(Fuller, Rao)
  6. The Golden Cup Standard(Roastopedia)