一杯のコーヒーのほとんどは水です。ドリップコーヒーの TDS は 1% 台前半なので、液体の 98% 以上は水ということになります。それなのに、水は豆や挽き目ほど注目されません。
ところが水は、ただの「容れ物」ではありません。水に溶けているミネラルの種類と量によって、豆から引き出される成分の量や、感じられる酸味の強さが変わります。同じ豆と同じレシピでも、旅先で淹れると味が違うと感じるのは、水の違いによることが少なくありません。この章では、水のどんな性質が抽出に関わるのかを整理し、自分で水を組み立てる方法を紹介します。
水の性質を表す2つの数値
コーヒーと水の関係を考えるときは、次の2つの数値が重要です。
総硬度(GH: General Hardness) は、水に含まれるカルシウムとマグネシウムの量を表します。東京都水道局の説明でも、硬度は「主なミネラル分である、カルシウム及びマグネシウムの含有量を表したもの」とされています。
アルカリ度(KH: Carbonate Hardness / Alkalinity) は、水が酸を中和する力を表します。主に炭酸水素イオン(重炭酸イオン)の量で決まります。
どちらも、多くの場合「炭酸カルシウムに換算した mg/L(ppm)」という単位で表します。国によってはドイツ硬度(°dH)などの単位も使われますが、このサイトでは ppm as CaCO3(炭酸カルシウム換算)にそろえています。
硬度:成分を引き出す力
水の中のカルシウムやマグネシウムは、プラスの電荷を持つイオンとして溶けています。2014年に Christopher Hendon らが学術誌に発表した研究では、コンピューターによる計算で、これらのイオンがコーヒーに含まれる酸やカフェイン、香りの成分とどれくらい強く結びつくかを調べました。
研究は、水に含まれるナトリウム、マグネシウム、カルシウムの組み合わせによって、抽出の速さや抽出される成分の構成が変わることを示しました。研究者は Phys.org の記事で、「硬水は一般にコーヒーに良くないとされるが、重要なのは硬度の種類だった」と述べています。具体的には、マグネシウムイオンが多い水は抽出を進め、味を良くする方向に働き、一方で炭酸水素イオン(アルカリ度)が多すぎるのは良くない、という結論です。
ただし、この研究は計算による理論研究で、実際の味は抽出条件やほかの成分との組み合わせでも変わります。「マグネシウムを入れれば必ずおいしくなる」と単純に考えるのではなく、水の組み立てを考えるときの手がかりとして受け止めるのがよいでしょう。
アルカリ度:酸味を和らげる力
アルカリ度は、コーヒーの酸味の感じ方に大きく関わります。アルカリ度が高い水で淹れると、コーヒーの酸が中和され、酸味が弱く、平坦に感じられます。
Jonathan Gagné は、水の役割を解説した記事の中で、高いアルカリ度はコーヒーの大切な風味の一部である酸を「覆い隠して」しまうと説明しています。逆にアルカリ度がほとんどない水では、酸味が鋭く感じられすぎることもあります。浅煎りの華やかな酸味を楽しみたいか、深煎りのまろやかさを楽しみたいかによって、ちょうどよいアルカリ度は変わります。
SCA の水の基準
SCA(スペシャルティコーヒー協会)は、コーヒーの抽出に使う水の基準を示しています。注意したいのは、SCA の基準では硬度が「総硬度」ではなくカルシウム硬度として定められている点です。Jonathan Gagné の整理では、カルシウム硬度は 17〜85 ppm(as CaCO3)、アルカリ度は 40 ppm 前後とされています。Third Wave Water の解説では、pH は 7.0(6.5〜7.5)、TDS は 75〜250 ppm の範囲が紹介されています。
| 項目 | 目安 |
|---|---|
| カルシウム硬度(ppm as CaCO3) | 17〜85(目標 68 前後とされることが多い) |
| アルカリ度(ppm as CaCO3) | 40 前後 |
| pH | 7.0(6.5〜7.5) |
| TDS(ppm) | 75〜250 |
| においと色 | 無臭で透明、塩素臭がないこと |
この基準は、味だけでなく、エスプレッソマシンなどの機械を守る観点も含んでいます。硬度やアルカリ度が高すぎると、ボイラーや配管に水垢(スケール)がつきやすくなり、故障の原因になります。
日本の水道水と市販の水
日本の水道水の多くは、硬度が低い軟水です。東京都水道局によると、東京の水道水の硬度は平均でおよそ 60 mg/L で、2023年度の測定では地域によって 25.3〜87.6 mg/L の幅がありました。東京都水道局は、おいしさの面から 10〜100 mg/L を目標値としています。
この値は、SCA が示す硬度の範囲とおおむね重なります。日本の水道水は、浄水器やくみ置きでカルキ臭(残留塩素のにおい)を抜けば、コーヒーに使いやすい水だと言えます。ただし硬度は地域や季節、水源によって変わるので、自分の住んでいる地域の水道局が公開している水質データを確認してみるとよいでしょう。
市販のミネラルウォーターは、銘柄によって硬度が大きく違います。国内の天然水には硬度が数十 mg/L の軟水が多い一方、ヨーロッパの銘柄には数百 mg/L を超える硬水もあります。硬水で淹れると、苦味やえぐみが強く、重たい味になりやすいと感じる人が多いようです。
代表的な水のレシピ
コーヒー業界では、狙った硬度とアルカリ度の水を自分で作るためのレシピがいくつも提案されています。代表的なものを比べてみます。
| 名前 | 総硬度 | アルカリ度 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| SCA の目安 | 68 | 40 | SCA の基準(カルシウム硬度)の目標値を総硬度に当てはめた目安 |
| Rao/Perger の水 | 69 | 40 | SCA の目標に近いバランス型 |
| Hendon の水 | 100 | 31 | マグネシウムを多めにして抽出を促す |
| Melbourne の水 | 24 | 12 | ミネラルの少ない軟らかい水 |
これらの値はカスタムウォーター計算機にも収録しており、ボタン一つで必要なミネラルの量を逆算できます。
カスタムウォーターの作り方
カスタムウォーターは、ミネラルをほとんど含まない水(蒸留水や RO水)に、食品添加物グレードのミネラルを溶かして作ります。よく使われるのは次の組み合わせです。
- 硬度用:エプソムソルト(硫酸マグネシウム七水和物)、塩化カルシウム
- アルカリ度用:重曹(炭酸水素ナトリウム)、炭酸水素カリウム
必要なミネラルの量はとても少なく、1 L あたり 0.1 g 前後になることがほとんどです。家庭用の秤では正確に量りにくいため、次のような「原液方式」が一般的です。
- 精製水 1 L にエプソムソルトを溶かし、濃い硬度用の原液を作る
- 別の容器に精製水 1 L と重曹で、アルカリ度用の原液を作る
- 使うときに、それぞれの原液を必要な量だけ量り取り、精製水を加えて目標の量にする
たとえばエプソムソルト 2.46 g を 1 L に溶かすと、総硬度がおよそ 1000 ppm の原液になります。この原液 68 mL に精製水を加えて全体を 1 L にすれば、総硬度 68 ppm の水になります(1 L の水に 68 mL を足すと全体が 1.068 L になり、少し薄くなります)。具体的な量はカスタムウォーター計算機で計算できます。
浄水器と RO 水
カスタムウォーターを作らなくても、水の工夫はできます。
- 浄水器:活性炭のフィルターで残留塩素やにおいを取り除きます。ミネラルはほとんど残るため、水道水の硬度がほどよい地域では手軽で効果的です
- RO(逆浸透膜)浄水器:ミネラルもほとんど取り除くため、そのままだとミネラルが少なすぎて抽出がうまく進まないことがあります。カスタムウォーターのベースとして使うか、ミネラルを足すカートリッジと組み合わせます
- 軟水器:カルシウムやマグネシウムをナトリウムに置き換える装置です。水垢は防げますが、硬度に関わる成分がナトリウムに変わるため、味の面では注意が必要です
まとめ
- コーヒーの 98% 以上は水で、溶けているミネラルの種類と量が味を左右します
- 総硬度(カルシウム・マグネシウム)は成分を引き出す力に、アルカリ度(炭酸水素イオン)は酸味の感じ方に関わります
- 研究では、マグネシウムが抽出を促し、アルカリ度が高すぎると良くないと報告されています
- 日本の水道水の多くは軟水で、SCA の目安に近い硬度の地域も多くあります
- カスタムウォーターは、精製水に食品グレードのミネラルを溶かした原液を薄めて作ります
関連する章とツール
出典・参考文献
- The Role of Dissolved Cations in Coffee Extraction(Journal of Agricultural and Food Chemistry, 2014)(Hendon, Colonna-Dashwood, Colonna-Dashwood)
- The science behind the perfect coffee(Phys.org)
- What is SCA Water Standard? Complete Guide to Coffee Brewing Water Quality(Third Wave Water Europe)
- Water for Coffee Extraction(Coffee ad Astra(Jonathan Gagné))
- 水の硬度(東京都水道局)